なごやにしべついん194号

東海教区少年連盟 サマーキャンプ参加者募集 開催日 8月27日(木)~28日(金) 行 先 四日市市少年の家 三重県四日市市水沢町大谷1423-2 問い合わせ 東海敎区少年連盟担当 (安藤・曽我) ℡:(052)321-0028 ( ) S N S S N S S N S S N S 本コーナーでは、夕べの講座の内容 に沿って、本願寺第8代宗主蓮如上人 が、ご門徒の方々に浄土真宗のみ教え を正しく伝えるために書かれた『御文 章』の内容を味わわせていただきまし ょう。 栴 檀 第8回 『御文章』一帖目第八通「吉崎建立の章」 ⑹ 2026(令和8)年6月16日 名 古 屋 西 別 院 (第194号) 今年度も昨 年度に引き続 き、蓮如上人の 『御文章』を五 回にわたって拝 読してまいりま す。どうぞよろ しくお願い申し あげます。 蓮如上人は、 大谷本願寺が延 暦寺の衆徒によ って破却された 後、園城寺(三 井寺)の周辺に 身を寄せられ、 その後、越前吉 崎へと移られま した。吉崎の地 は『御文章』に 「虎狼のすみな れしこの山中」 と記されている ように、人も寄 りつかない荒れ地であったよ うです。蓮如上人は、その地 を切り開き、一宇の御堂を建 てられました。 やがて、蓮如上人を慕って 多くの人々が吉崎へ集まるよ うになります。それは阿弥陀 仏のご本願を聞き、念仏申そ うとする人々であり、徐々に 吉崎は「念仏繁盛」の地とな っていきました。 しかし、賑わいが生まれる ところには、別の思いを持つ 人々も集まってきます。人が 多く集まるところには、利益 を求める者や、ただ興味本位 で足を運ぶ者も現れます。ま るで商売繁盛を願って人が集 まるように、吉崎にもまた 様々な思惑を抱えた人々が出 入りするようになっていたの でしょう。 さらに、多くの人が集まれ ば、中には好ましくない企て を持つ者も現れます。そのよ うな者たちが集えば、為政者 や他宗の勢力から警戒される ことにもなります。このよう な様々な状況が生じる中で、 蓮如上人は、人々の出入りを 制限されます。上人は吉崎と いう場所の意味を、あらため て人々に示そうと努められた のです。 蓮如上人は、「念仏の信心 を決定して極楽の往生をとげ んとおもはざらん人々は、な にしにこの在所へ来集せんこ と、かなふべからざるよしの 成敗をくはへをはりぬ」註 釈版1095頁と厳しく述 べられています。上人は、 『僕らの七日間戦 争』という小説をご 存じだろうか?書 名を聞くと青春時 代の思い出が蘇る 世代の方も多いと 思うが、本書は1985年 に刊行された宗田理氏の文 庫書き下ろし小説『ぼくら シリーズ』の第1作で、映 画化もされた人気作品だ▼ 内容は管理教育に反発した 中学生たちが廃工場に立て こもり、大人たちへ反乱を 起こす物語で、発売から長 い年月がたった今でも、多 くの読者に支持されてい る。その理由は、若者たち の「自分らしく生きたい」 という叫びが、令和の時代 にも通じるからだ▼昭和の 時代、子どもたちは学校や 家庭の厳しい規則に縛られ ていた。作品の中でも、教 師や親は「子どものため」 と言いながら、一方的に命 令を押し付けている。しか し令和になった現在、表面 的には自由な社会になった ように見える。服装や価値 観は多様化し、によ って誰もが意見を発信でき る時代になった▼だが、本 当に若者は自由になったの だろうか。現代では、学校 の校則問題や上での 同調圧力が新たな束縛とな っている。特にでは 「空気を読む」ことが求め られ、少し違う意見を述べ るだけで批判されることも ある。つまり、令和の若者 たちは、大人だけでなく 「世間の目」にも縛られて いるのである▼そんな時代 だからこそ『僕らの七日間 戦争』が持つ意味は大き い。作中の少年少女たち は、ただ暴れたかったわけ ではない。彼らは「自分た ちの声を聞いてほしい」と 願っていたのである。この 姿勢は、現代の若者が社会 問題についてで発信 したり、自分らしい生き方 を模索したりする姿と重な る。もちろん、現実社会で は物語のように反乱を起こ せば解決するわけではな い。しかし、大切なのは 「おかしい」と感じたこと に対して声を上げる勇気で ある▼令和の社会では、多 様性が重視される一方で、 周囲に合わせる圧力も存在 する。その中で、自分の考 えを持ち続けることは簡単 ではない。『僕らの七日間 戦争』は、単なる児童文学 ではなく、時代が変わって も、若者が自由や尊厳を求 める気持ちは変わらないこ とを教えてくれる作品なの である。 「後生の一大事」を心にか け、阿弥陀仏の本願を信じて 念仏申す人々の拠り所とし て、吉崎を開かれたのです。 ですから、人が集まることそ のものが大切なのではありま せん。そこに、「何を求めて 集まるのか」が問われている のです。 人として生を受けながら、 日々の忙しさや雑事に追わ れ、もっとも大切な往生極楽 の道をたずねることを忘れて しまう。そのことを蓮如上人 は深く悲しまれていました。 だからこそ上人は、「これひ とへに名聞・利養を本とせ ず、ただ後生菩提をこととす るがゆゑなり」と記されてい るのです。名声や利益を求め るのではなく、ただ後生の救 いを願う。その一点にこそ、 吉崎に集う意味があると、蓮 如上人は訴えておられるので す。 「念仏繁盛」の地とは、人 が大勢集まる場所という意味 ではなく、阿弥陀仏の本願を 聞き、念仏の信心に生きよう とする人々が集う場所であっ たのです。吉崎建立における 蓮如上人のお言葉は、現代社 会を生きる私たちにも向けら れているように思います。私 たちは、忙しい日々の生活の 中で、人生の根本を見失いが ちです。何のために生き、何 をよりどころとして歩んでい るのか。蓮如上人は、「後生 の一大事」のお言葉をもっ て、そのことを私たちに今な お問いかけておられるのでは ないでしょうか。 現代社会は便利になり、多 くの情報や娯楽に囲まれて暮 らしています。しかしその一 方で、自分自身の生き方や、 将来について深く考える機会 は、そう多くはありません。 このような時代だからこそ、 蓮如上人のお言葉は、時代を 越えて、今を生きる私たちの 心にも深く響いてくるのだと 思います。あらためて皆さま と共に、蓮如上人のお言葉を 味わってみたいと思います。 吉崎に集う人々 蓮如上人が 願われたこと 現代を生きる 私たちへ

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